賛同人になったワケと、未来について考えているコト |
こんにちは。演劇のフィールドで演出をしたり台本を書いたりしている板垣と申します。今回、宋(そん)さんと杉本さんからお話をいただき、賛同しますと即答した一番のワケは「ファン層以外にも寄付のお願いを届けようとしている」からでした。日頃から演劇って社会に必要とされているの?という疑問を持っていまして。いや必要とされている方がいらっしゃるのは分かっているんですけれど、普段演劇を見ない方に市民権を得られているのか?というところが疑問でして。今回のクラウドファンディングでは、公益基金(=社会一般の利益を目的とした積立金)を利用することで、寄付される方は税金が優遇され、助成される方は領収書を発行するのみで大掛かりなリターンを用意する必要がないと聞き、大いに共感した次第なのです。
公演の「自粛要請」があった時、仲間たちが行政に補償を求めました。それはそれでもっともな行動です。自粛と補償はセットでと僕も思います。でもその時、僕はちょっと違う角度から今回の問題を考え始めていました。それは演劇界ってのは、本当に存在しているのか?ということでした。例えば有事ではなく平時から僕らは「自助努力」をしてきたのかと。宋さんが発信していたように、保険制度を独自に持つとか、有事に対して業界で連携して社会貢献するなどの動きはあったのかと。僕たちは、それぞれが散発的に仕事をしてきただけで、互いに連携することでの「業界としての力」みたいなことに、あまりに無頓着だったのではないか。そしてそんな「業界」は社会の一員として認められているのかと。
もう一つ考えたのは「文化」って何かということでした。「文化」って本来、日常生活と密接であるべきだと思うんです。でもこの国で一般に「文化」と聞いて思い出すものは「国に保護されているもの」言い方を変えると「お上のお墨付きをいただいているもの」に限られているような気がしまして。つまり残念なことにこの国では、そもそも「文化」って言葉自体が「生活」に根付いてないんじゃないかと考えてしまったわけです。そういう中で「文化だから守ってください」と言っても、なかなか上手く行かないだろうなあと思ってしまい。
以上が僕の妄想だったら良いと思います。演劇界は社会に必要とされる業界で、経済も大いに回しているし、文化として国民に認知され日常生活に欠かせないものであるならば。でももしそうじゃないとしたら、今回の基金で僕たちは試されるわけです。そして試されるべきだとも思っているわけです。もちろん寄付が集まればとても嬉しいです。もしそんなに集まらなかったとしても、それも一つの答なのだと受け止める覚悟もあります。自分が、演劇が「社会」と繋がり「日常生活に必要」なものとなり「文化」として認められることを、かなり本気で願っていることを発見してしまったからです。
寄付して下さる方はもちろんですが、この業界に限らず賛同して下さる方も増やしたいです。それはなるべく遠くの人に僕らの声を届けたいからです。もちろん舞台芸術に関わる仲間達にも協力してもらいたいです。自分たちが生きている場所を、自分たちの手に取り戻すために。何より自分たちが生きている場所に、誇りを持つために。この基金で一番気に入っていることは、クラウドファンディングの期間が過ぎても「公益基金」として存続できるところです。ゆくゆくは、僕らの業界の何らかの自助システムの一つになれないかと夢想を始めたところです。最後までお読みいただきありがとうございました。どこかでお会いできますことを願っています。

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