「私」は偶然の産物である3

「私」は偶然の産物である

そこから考えた
もう一つのこと

「私」がもし
いい感じのヤツだったら
それはギフトです

ただし
あなたへではなく
世界にとっての

これは
「才能」を持つことの
責任についての話です

「私」が「すげえ」やつでも
それは100%本人が作ったもの
ではありません

じゃあその「すげえ」部分は
どう扱うべきなのかと

僕の考えは
世界に還元しろ
というものです

まず
目の前の人へ
力をつけてきたら
遠くの人へ

自分の能力や余力を持って
何かを贈らなければ
いけないのではないかと

そして
力をつけることは
100%本人の切磋琢磨が必要なので

「才能」を持つことは
大変なことでもあるのだ!
と思うわけです
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新宿


by sadsonghappystory | 2016-08-15 03:23 | いろいろ

★板垣恭一/いたがききょういち 東京都出身。演出家。日大芸術学部演劇学科、第三舞台を経て、フリーの演出家に。以降、数々のプロデュース公演を演出。映像ディレクターとしても活動。


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