真実が欲しいのは分かるけど

事実はひとつでも
真実はかかわった人の数だけあります

たとえば
AさんとBさんが殴り合ったとします
それが事実

なぜ殴り合ったのかが
真実というものに属し
それは見方により姿を変えるものです

ある人はAさんがBさんに
恋人を取られたことが発端だと言い
またある人はBさんはその日
むしゃくしゃしていたと言い

当人は当人で
理由はないとか何となくとか
言うわけで

世の中の真実を知りたくて
うずうずイライラしていた
若いころの自分

いまは真実なんて
それぞれの「物語」にすぎないと
考えるようになりました

世界はつねに
自分が願う物語を語ってはくれず
悲しくなったりするけれど

事実をまずちゃんとつかまえ
そのあとで真実の探求を
ゆーっくりやって行くことしか
人生を渡って行く方法はない
と思うこのごろなのです
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1月 江古田
浅間神社



by sadsonghappystory | 2015-01-30 00:10 | いろいろ

★板垣恭一/いたがききょういち 東京都出身。演出家。日大芸術学部演劇学科、第三舞台を経て、フリーの演出家に。以降、数々のプロデュース公演を演出。映像ディレクターとしても活動。


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