認められたい人の限界

「認められたい」という人が
認められることはあまりないと
思うんですよね

ワタシに興味を持ってください
ワタシはがんばっています
ワタシにOKをください

そういう人を認めてくれるのは
ごく近くにいる同じような境遇の人で
それを「ともだち」とか呼ぶのなら
「ともだち」なんていらねえやと
僕は思って生きてきました

僕が知っている認められる人は
「遠くに行こうともがいている人」
です

そういう人は
誰かの価値観にシッポを振るのではなく
自分の価値観を証明することに
懸命です

そういう人に「人」は
道をゆずりますから
結果的に「認められる」ぞという話です

「がんばれば何とかなる」という考えは
「がんばれば誰かが何とかしてくれる」
という考えと同義です

ということを自覚しない人は
自分の「暴力」に無自覚ということです

え?ワタシ?とか
え?ボク?とか思った方
そうなんじゃないですか?

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1月有楽町










by sadsonghappystory | 2014-01-27 00:11 | いろいろ

★板垣恭一/いたがききょういち 東京都出身。演出家。日大芸術学部演劇学科、第三舞台を経て、フリーの演出家に。以降、数々のプロデュース公演を演出。映像ディレクターとしても活動。


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