役に立ちたいというワナ

去年の震災のとき
デマメールを送ってきた知人に
理由を自己分析してもらったことがあります

その人いわく
「役に立ちたかったからやってしまったと思う」と

人は自分の価値を自分では計れません
誰かの評価が絶対必要な生きものです

これは僕の分析ですが
自己評価が低い人は
お手軽に「自分が役に立てそう」な物件があると
行動をあせる傾向があるのではないでしょうか?

せっかくボランティアに来たのに仕事が少ないと
怒っている人をテレビで見ました
ゴミ同然の衣類を送りつけた人がいたと聞きました

善意の押し売りは
当人が「善意」なだけタチが悪いということを
その当人は気づけないという仕組みなワケです

誰かの役に立ちたいと思うのはけっこうです
そういう気持ちをなくしてしまったら
それはもう人としてダメでしょう

だけどその「誰かの役に立ちたい」という気持ちの底には
どんなに立派な理念や行動でも
「自分のために」という我が隠れていることも
自覚的であるべきだという意見です
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神社仏閣シリーズ
西本願寺唐門
by sadsonghappystory | 2012-12-10 02:06 | いろいろ

★板垣恭一/いたがききょういち 東京都出身。演出家。日大芸術学部演劇学科、第三舞台を経て、フリーの演出家に。以降、数々のプロデュース公演を演出。映像ディレクターとしても活動。


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