丸ごと認められる

自分と世間(世界でも社会でもいいです)の
おりあいがつくことが「幸せ」なのかもしれません

世間と おりあいをつけるために
必要なもののひとつが
自分の存在を丸ごと認めてくれる
大人の存在かと思います

まあ子供のときの話ですけれど
人によっては20代までくらいまで大丈夫かな?

親がそうであることが理想ですが
そうもいかないのが人生

近くの大人(他人でも)がその役割を
はたしてくれればラッキーです

そこから先は本人の性格の問題かもしれません
存在を丸ごと認めてくれる大人がいても
満足できなかった元子供もたくさんいるのでしょう

とまあ自分の子供時代を思っての話
自分はめぐまれていたと思います

これからは認めて(肯定して)
差し上げる立場でもあるし

でも認めてあげたい子(20代含む)と
そうでない子はいるもんでして

その違いはいったい何なのだ?
という部分を今後はもっと考えていこうかと
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京都南禅寺の近くに
インクラインと呼ばれる
船を川上にはこぶための
線路跡があります

写真は
そのインクラインの下の
歩道トンネル
by sadsonghappystory | 2012-08-29 14:07 | いろいろ

★板垣恭一/いたがききょういち 東京都出身。演出家。日大芸術学部演劇学科、第三舞台を経て、フリーの演出家に。以降、数々のプロデュース公演を演出。映像ディレクターとしても活動。


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