善意こそが人を傷つける

善意でしたことが
相手を傷つけることがあります

というより日常生活においては
悪意が人を傷つける瞬間に
立ち会ったことがありません

むしろ善意こそが
人を傷つける

なぜ?といつも思うのですが
こういう構造だとすると
合点が行きます

善意=自分にとって正しいこと

こう考えるとある種の悪意さえ
「自分を正当化するため」
「自分を守るため」という意味では
言ってる本人にとって「善意」です

端的な例が
戦争です

互いの「正しいこと」が生み出すのは
殺し合いです

自衛するためには
おのれの善意を疑うことしか
ないのではないでしょうか?

「正しいこと」は正しいことゆえに
自分の価値観の基盤を作ってくれます
だから大切ではあります

だけどその確証さえも
疑う強さ(ひょっとしたら弱さ)を
持つことが出来たらと考えるのです

歯切れの悪さを持って生きること
それが本当の意味での
人としての強さや優しさに
つながると信じます

そしてその域からは
まだ遥か彼方にいる自分を
恥じることが多いです
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きゅうりとワカメと練り物
これもすっかり定番です
by sadsonghappystory | 2012-06-25 04:37 | いろいろ

★板垣恭一/いたがききょういち 東京都出身。演出家。日大芸術学部演劇学科、第三舞台を経て、フリーの演出家に。以降、数々のプロデュース公演を演出。映像ディレクターとしても活動。


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